皆さん、今までの人生で何かに憧れたことって一度はお持ちでしょ?
僕の場合、その「憧れ」っていうのが、漠然と「アメリカ」だったんですねぇ。
幼少の時代からテレビ番組なんかで慣れ親み、雑誌「ポパイ」なんかでライフスタイルみたいなもんを紹介してもらっていたこともあるんでしょうが、それを駄目押し、問答無用、決定的にしたのが、「フィフティーズファッション」。
そうなんです、僕くらいの年代(1960年代生まれ)の方でしたらご存知のはず、空前の「竹の子族」「ロックンローラー族」「ツッパリなめ猫アラレちゃん」大ブーム時代。
そのブームが絶頂期となるチョット前の1978年、札幌に暮らす当時14歳の僕は、やたらデカイ体格に角刈りヘアーで「JUN」とか「DOMON」なんぞが胸に大きくプリントしてあるTシャツの袖を肩までロールアップさせて、思いっきしブランド宣伝をしながらイキガッておりました、エヘン。
中でも黒地にシルバーやゴールドのブランド名がプリントされたものは、「よそ行き用」として大切に扱われ、ロールアップした袖も無造作ではなく、キチンと丁寧に折り上げられ、決してシワなんぞついてはいけないアイテムだったくらいなのでした。
だがしかーし、当時ツルんでいた、現在はもうこの世に存在していないヨゴレ友人に連れて行かれた『クリーム・ソーダ』っていう、アメリカンでフィフティーズなブティックが相当にぶっ飛んでいて、一撃で僕のハートを射抜いてしまったのですねぇー、これが。
なんせ札幌中心街から外れたとこに、いきなりスカイブルー(カッコイイ言い方だ)にペンキで塗ったくられた一戸建ての四角い建物が登場して、おまけにアナタ、ドアを開けると店内は一面ピンクなんっすよ!男もんの店じゃないみたいなんだけど、ピンクの壁に古着の革ジャンがズラァーっと吊るしてあって、なんともアメリカちっくな(本物見たことなかったからそう思っただけだけど)手書きのデッカイ看板がモディファイされて、床なんか白と黒の市松模様のピータイルが敷き詰められてるし、フェニックスの観葉植物があちこちにあって天井には扇風機が回ってるし物凄くアメリカアメリカしてて、おまけに駄目押しでスタッフみんなテッカテカのリーゼント、しかも襟足が刈り上がっているではありませんかぁ!「リーゼント=(イコール)不良=(イコール)アウトロー=(イコール)決して刈り上げたりはしませんぜぃ。」という定義なんじゃなかったのぉ?!
その上、テロンとした淡い色彩のアロハにホワイトなパンツ、ホワイトな革シューズで涼しげにキメてる人なんかもいて、まったくオシャレで困ってしまう店の真ん中で、角刈り頭にブランド名宣伝しまくりブラックTシャツの袖を丁寧に肩まで織り上げ、ボンタンジーンズ(エドウィン製)にカカトをつぶしたエナメルシューズで暑苦しくキメた、まったくダサくて困ってしまう僕は物凄くショックを受けて呆然とした後ハッと我に返ってあまりにも軸がズレている自分のスタイルから恥ずかしさゆえ来店2秒で即効逃げ帰ったのでした。
その一週間後、今度はそのブティックに負けてはならぬと、真っ白Tシャツ(BVD製)に「トロイブロス社」製の紺色スィングトップ(パイプのワンポイント刺繍つき)の襟を直角に立て、ボンタンジーンズ(エドウィン製)に、なぜか当時駆け出し中のNIKE社製ハイカットバッシューという、今考えるとまったくトホホなスタイルで、鼻息も荒くリベンジを挑んだのでした。
そしていよいよスカイブルーの一戸建て店舗につき、燃えたぎる気持ちを抑えながら「ギィー」っとドアを開けると、途端にピンクの店内から「あー、いらっしゃい、どーもこの間だはぁー!」っと、素敵なスタッフのお兄さんからとってもとっても優しく親切な対応をうけて、カッペまるだしのイキがり小僧だった僕の心を一瞬にして素直に開かせてくれたのです。
だがしかーししかーし、実はこれ、「テ」だったんっすよねぇー。
イイヒトになりきったスタッフが、まだチンチンの毛も生え揃っていないニキビズラ角刈り青二才をその気にさせて買わせるにいいだけ商品を買わせちゃおうという販売促進手段だったんですなぁー、これが。
そんな腹とは爪の先にも思ってやしない小僧の僕は買いましたよ、思いっきし。
そのブティック、温泉ホテルみたいなもんで、洋服だけじゃなくそこ一軒で全てのアイテムがまかなっちゃう。
クシから財布、ポマードに指輪、バスタオルや枕カバーまで売っちゃってるから、このブティックの商品だけで一生を送れるといっても過言ではないんだぞ、そこのお方。
そのブティックのスタイルそのまんまが僕にとって「アメリカ」だったわけで、ある意味僕の頭の中に浮かぶ「アメリカ」は、そのブティックそのまんまとなっていたのでした